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ピアノをひくこと

実は最近、ピアノをひいている。

 

楽器の一番古い思い出は、幼稚園の頃のハーモニカ。

 

まったく吹けなかった。

 

その次の鍵盤ハーモニカもダメ。

小学校に入って、リコーダーもダメ。

4年生の頃にあった合奏会は、恐怖でしかなかった。

 

小学生の頃、合唱団に入ってはいたが、歌も音程が取れない。自信がない。

自分としては気持ちよく上手に歌えていると思っていた時に、

親から半音はずれてて気持ちが悪いと何度も注意されて、

人前で歌うと未だにそれが頭をよぎって楽しく歌えない。

 

そんな私は、ずっとピアノをひくことに憧れがあった。

けれど、ものすごい音楽音痴。教室を続ける自信すらない。

人様に指導されると焦ってしまってうまくいかないし、第一いまはそんな体力もない。

 

一日何十分〜何時間、頑張りましょうとか、発表会だとか、

弾きたい曲を弾けるようになるだとかも、なんか違うと思っていた。

だいたい、弾きたい曲だけしか弾けない(応用が効かない)で終わるらしいし。

 

そんなとき、NHKで塩谷さんというピアニストの方の講座が再放送されていて、

それを見ていたら、練習してみたい!と思わされたことが大きい。

 

塩谷さんの講座は、リズムから入って楽しむ感じで、

なんだかこれならできそうな気がしてくる。

 

うずうずして調べていたら、小さなピアノに出会う。コルグのマイクロピアノ。

鍵盤は小さいらしいけれど、ちゃんと弾けるように配慮されているらしく

しかもだいぶ値が下がって、一万円台になっていた。

 

ちゃんとした電子ピアノと思うとスペースも必要だし、10万弱になる。

キーボードに数万円かけるくらいなら、万一弾かなくなった時でも

BGM機能がついているし、インテリアにもなるということで、

とうとう買ってしまった。

 

それが一ヶ月ほど前。

 

疲れたら止めるで、一日ほんの数分。楽しかったらもうちょっと。

はじめは全然できなかった。楽譜も読めないし。

けれど、少しずつ、片手ならひとつのフレーズが弾けるようになり、

右手部分を歌いながら左手の練習をしたり。少しずつ。

 

塩谷さんが歌えるなら弾ける!と言っていたのは本当で、

今日は、とうとう左手で2音と右手でメロディがワンフレーズできた。

すごいと思った。絶対できないと思っていたのに、できたのだ。

 

細かく言えば、音の捉え方とか、そういうコツがわかったりして、

単なる機械的な反復練習でもないんだとかも実感できた。体で学習した!って感じ。

こういうことが起こるって誰も言語化して教えてくれないよね。

 

左手で、4/4拍子で表拍がド・裏拍がミソって弾くんだけど、

私の場合、ド・ミソで一音ってくくったら、右手と一緒でも混乱しなくなったの。

ミソは裏拍だからって捉えてると、どうしても表拍になってしまうから。

 

ああ、こういう音の捉え方もあるんだーってわかったっていうか。

ジャズとかもきっとそんな気がする。音の連なりのフレーズが決まってる感じ。

 

それで、嬉しくてアメイジング・グレイスを歌いたくなって、楽譜はないので、

なんちゃってで、右手で和音でリズム、左手でメロディを弾いた。

 

あれ、こんなこともできるようになったんだ!

 

なんで右手で和音だったかと言うと、C3で歌いたくて、C2で和音にすると

重くて悲しくなったから。

C4で伴奏すると、天使の祝福を受けてるみたいなフィーリングになる。

 

コードはほとんど知らないから、メロディがソから始まる気がしたし、

ドとかミの出番の多いメロディぽかったから、ドミソでやってみた。

 

上出来、上出来!

 

今日は本当に、これが私の弾けるようになりたかったピアノだ!という手応えがあった。

その上で、もっとうまくなりたいし、他のもっと素敵な弾き方も知りたい!という欲が出て、そうしてひとつずつ上手になってくもんなんだって気がしてる。

 

こっちが本当の正解なんじゃないかと思ったんだ。

 

弾けない人が思う、ピアノが弾けたらいいなぁという憧れと、

弾ける人が考えるピアノが弾けることの差が、すごく大きいんじゃないかということ。

違う道に連れ込まれてる人、多くないですか?ってこと。

 

私は、ピアノでしゃべりたかった。

 

今日はこんな気分で、こんな思いを抱えていて、それを自分のために表現する。

自分とのコミュニケーション。

 

だから、つまらないと言われがちなハノンなんかも、

私からすれば、一音一音の響きとそこに作られる不思議なメロディ、

音の高低によって変わりゆくフィーリングなんかが胸をときめかせてくれる。

 

まぁ何時間も毎日やれ!なんて言われたら、ぜったいつまんない!って言いそうだけど。

そんなこと言われそうな教室にはぜったいいかないなーと思った。

 

体を奴隷みたいに扱うためとか、鍛えるためとか、機械みたいになりたくてピアノやるんじゃないんだもの。

 

外側の世界から見れば、そうして上手になること、人より上手になることが価値として認められるのかもしれないけれど、それが先生たちからしたら正解なんだろうけども。

 

私は、内側の世界の中で、きらきらした音の光を純粋に楽しみたくてやってるわけで。

音楽療法みたいな方が近いのかもしれないけど、私はこっちの方が、人間の本質にとって正解だと思うんだ。

 

キツすぎる言葉かもしれないけど、奴隷は奴隷をつくる。

自分が奴隷になってるって気づかないままに、そのやり方しか知らないと、

それが正しいと思い込んでしまう。

 

そちらを選ぶのも人の自由だと思う。

けど、ピアノをはじめるにあたって色々調べて、

どうもそっちのやり方しか選べないとか、見つからないとかになってる感じがしたの。

ちょっとキツいけど、しっかり意識をもって、自分の道を歩んでいかなきゃと思う。

だからこうして書いておこうと思って書いてる。

 

ピアノを弾けるようになってみたいなって思ってる人は、

自分がどういう風になりたいのかを、最初にしっかり想像してから取り組んだ方がいいと思う。

 

もちろん、超絶技巧で人前で拍手喝采で弾けるようになりたい!なら、

ちゃんとした先生について、一日何時間も練習するのもいいんだと思う。

 

まぁ、私はそうじゃなかったってこと。

C4は女の人の優しいけど常識のある声の感じがするとか、

C6になると、妖精みたいで現実感が薄い優しい声だなとか、

和音も、半音あがると少し不安定で悲しい感じだなとか、

ちゃんとはじめにピアノに触れて、音を聴いて、組み合わせてみて、

感じてから始めた方がいいと思うんだ。

 

そんなふうにとらえてみると、言葉をおぼえるのと一緒だなーって思う。

言葉だって、音楽だからね。

 

和音はフィーリングで、ピッチは人格・・・かなぁ。

 

これを書いてると、ほんとにそれで合ってるの?何も知らないのに?って声がしてきた。

 

これも私の葛藤のあらわれで、今私が行き詰まっている原因だと思う。

ピアノを通して、自分の感性を信じられるようになれたらいいな・・・。

自分の感性を信じればいいのよー!って言う人に限って、迷惑な人が多かったから、

そういうのもトラウマだったりするな・・・。

あなたのいう感性ってたんなるエゴじゃないですか?ってね・・・。

葛藤。