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散歩

朝、近くを歩いてみた。

子どもの頃に一度行ったことのある神社を思い出したからだ。

ついでにずっと出せてなかった缶ゴミも出せた。よしよし。

 

家を出て右手に行くと、ずっと先の山へ続く道になる。

車も多くて歩く人もあまりいないので、徒歩ではあまり行かない。

片側2車線の広い車道はあるが、急な上り坂となっていて歩道は途切れている。

横に長い階段があって、上りきるとまた歩道につながる。

 

自転車の人はどうするかというと、反対側に大きく迂回するような道があるので、

そちらを通ることになる。

 

正直、子ども時代を思い出しても、この長い階段は上ったことがなかった。

それを今日、はじめて上ってみた。

 

コンクリートで出来た古い階段だ。幅はかなり広い。

下を覗くと7階建てマンションがあって、上りきると坂の上側にも入り口があった。

 

まだ7時というのに、日差しは明るく、少し汗ばむ。

 

ゆるやかな傾斜を歩く。

自動車が多く走る横を行くので、空気がよいとは言えないが、

山に近くなり、空が近くなっていくような感覚で、

少しずつ光が増して行くようだった。

 

土地の雰囲気とでもいうのだろうか。

境界線のようなものを感じることがある。

隣接しているのに、雰囲気がまるで違う境目。

 

なじんでいたり、親しみがあるというのだけでもないような

不思議な感覚。

 

上り坂をしばらく行くと、細い道ながら信号があって横断歩道を渡った。

空気が切り替わる。

 

帰り道にも、その道を越えた時、やはり空気が切り替わった。

山から一気にエネルギーが降りてきている地形と言えそうだったが、

おそらくその道のあたりで少しだけカーブしているために、山が見えなくなる。

 

下側からの結界が張られていて、上からくる山の気を受け入れないのだ。

自己呪縛のように、慢性的に生温いよどみを抱えて生きている。

 

そんな印象を持った。

 

もしかしたらそれは、そこを境に上側には

新しく建て替わった住宅やビルが多いことから来る印象なのかもしれないし、

そこを境に下側には、古いけれど地価は高く執着せざるを得ないがゆえに

機能停滞してしまうようなよどみが発生しているからかもしれない。

 

だから、その道を越えてさらに上にある神社はとても気持ちがいい所で安心した。

小さな町の小さな神社だけれど、きちんと奉られていた。

境内には木々が繁り、空気は澄んでいた。

久しぶりにこういう所に来る事が出来た。

 

少しの時間を付近で過ごし、お参りをして出た。

もう15分は歩いていると思うけれど、さらに上へと歩いた。

 

普段なら絶対に車でしか行かない所まで着いた。

このまま歩けば、山まで行けてしまうんじゃないかと思えた。

 

セブンイレブンを見つけたので、

お気に入りのポテチとキャベツの千切りと豆腐を買った。

コンビニでもスーパーと変わらない値段だ。

 

反対側の道へと渡り、折り返しの道を歩く。

登校途中の小中学生が多く、歩きにくかったが、どうにか避けて歩いた。

 

昔からある学校だけれど、こんな朝の気持ちのよい気を受ける場所に建っているとは知らなかった。

学校自体がずっとそこで存続している理由のようなものを見た気がした。

 

そんなことを思いながら、さらに下り、またあの境目の道を越える。

一気に雰囲気が変わる。

 

もっと上の方に引っ越したい気持ちになりつつも、

祖父から住む土地だし、とても便利がいいので難しいだろうなと思う。

 

いつか温暖化で海面上昇した時には、もっと上の土地を買っておけばよかった、

なんて思う日が来るのだろうか。

 

一番よいようになりますように。

 

8時前には帰宅したけど、特に何もすることがなくて持て余してしまった。

録画していたドラマも2本見終わって、やっと11時!

 

マザーテレサの手記を最近読んでいる。

読んでいると泣けてくる。渇いている自分を感じる。

そのことは、また別の機会に書こうと思う。