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赤い指先

胡粉ネイルに新しい色がでていた。

 

艶紅。

 

子どもの頃に憧れた大人のマニキュア。

象徴的な赤い色。そんな色をしていた。

 

けれど、大人になった私は爪を赤く塗る女の人にはならなかった。

 

仕事では、なかなか塗りにくい色でもあるし、

これまで持っているのはヌーディなピンク系ばかり。

ううん、足に塗るのに濃いピンクやオレンジも持ってる。

 

女性が爪を赤く塗るのは、攻撃性の象徴とも言われる。

これを知った時、なんとなくなるほどと思ったものだ。

 

流行かどうかっていうのもあると思うけど、

きっと、前の私は自分の攻撃性を見せたくなかった。

私は怖くない存在ですよ、と必死で表現していた。

 

大人になったら強くなれると思っていた。

けれど、中途半端に強いと生きづらいことを知ったから

自分の心の強さをどうにか緩和しようと

かわいらしさを求めて生きた結果が薄いピンクのネイルだったと思う。

 

たまたま、艶紅の試供品を見つけたので左手だけ塗ってみた。

5本とも。

 

楽しくなった。

 

足の指も塗りたくなった。

けど、直近必要ないものは買わないようにしてるから、

ほしいなと思いつつ買わなかった。

 

それが、今日になって、赤い爪の魅力が薄れた。

あんなに私を表現しているように見えたのに。

 

それは、気づいたからだ。

 

私は自分を汚いと思い、自分を醜いと思って悲しみ、

それを許すことが出来ず攻撃したいんだと。

 

ヒエラルヒーのある社会で勝つことが醜くて汚くて

どんな理由で正当化しようとも、嘘をついているようにしか思えない

 

みんなで弱者のことを見て見ぬ振りをして

生暖かい目で自分たちは正しいという空気を作って

強者の論理で物事を進めていく

 

弱者の目でそれを見ながら、空気に加担していくし

めんどくさい気持ちにならなくていいような空気を願う。

 

だって、弱者がこだわるところはめんどくさい。

自分で自分のテリトリーが守れないだけなんだもの。

自立できてないだけなんだもの。

 

けど、それはそのまま私自身のこと。

徹底的に弱者のままでいる方が、本当の私・・・

全く建設的でない、愚かな正義の味方が、本当の私・・・

 

ここに心の冷たい人間がいれば、もっと強い排除性が働くけど

私はそれが少ないだけで、大きな差はないんだ。

強い排除性に対しても、若干のセーブをきかせる中庸派だけど、

いじめで見てるだけの人間の罪はどうかという問題と同じ。

 

結局、社会では正義を奮ったところで、排除性の強い人間は

ますます心を固くするだけで、改めることなんてないのだし。

 

これが苦しさの本源だと思う。

 

弱者が自立してないと書いたけど

自立が排除性を持つことなら、持ちたくないという優しさが

弱者の本質なのではないだろうか。

 

なんだか、こういうことに気がついてしまったら

赤い指先に何の魅力も感じなくなってしまった。