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あこがれ

もう時計は0時をまわって、今日は4月になった。

 

GMT+1の国から、GMT+9で深夜1時からのWebセミナー(ウェビナーというらしい)のお誘いが来てて、さっきまで迷ってた。

 

結局、参加は見送った。

 

興味がないわけではない。

今持ってるツールの進化統合版のプレゼン。

おもしろそうじゃないか。AM1ー2時なら出れないことも無い。

だから、現に出る気で、今まで待ってたわけで。

 

不慣れな英語だろうが、画面みてればなんとなくわかるだろうし。

買う買わないにしろ、情報は自分から取りにいかないと入ってこない。

せっかく元のツールも持ってるんだし。

 

あれこれそれらしいことを考えて、PCの前でログインしようとして。

 

たしかにそうなんだけど。

ずっとそのツールに興味もって何年もやってきたんだけど。

昨年、資格もとってツールもやっと手に入って、・・・

 

ところが近頃は日々、自分の中の奥深くにあるいくつもの葛藤と向き合って、

緩んでは、恐怖に怯えながら、自分と向き合って。

毎日のように感情が溢れ泣いて、「これ」だっていう自分と出会って、

でも、その「これ」が全然つかめなくて、もがいてて。

 

見つけてはまた、見失う。その繰り返しで。

 

そんな風にでも繰り返し、古くて新しい自分を感じていたら、

数カ月前の自分だったら絶対やっていたであろうことが、

違うんじゃないかって思えてきた。

 

効率とか、成果とか、そういうのとはすごく遠い自分。

 

なんでこれが封印されてるのか、いまだにわからないけど

そこに触れようとすると、全身が捕縛されたような緊張状態に陥るけど。

しかも封じられたそれが何なのか全然つかめないんだけど、

無駄かもしれないし、お金を生み出すかどうかもわからない中で、

あがいて、何か見つけたくて、ちょっとずつちょっとずつ探ってる。

 

感覚としてはものすごく薄いし、取り組むのはなんだか苦しいし、

けど、心にずしんってくるから、うつの苦しさとは違うのはわかる。

 

 

今こうして、ここに書いてることで、

このすごく薄い感覚を濃く厚く感じていたいわけで、

そうすることで、前の自分に戻らないように抵抗してるって面もある。

 

かなり強くWebプレゼンを聴きたいなぁって思う自分もいるわけで

そっちの自分の方が賢かったり、しっかりしてたりするわけなんだけど

そっちの自分では、永遠に辿りつけない道しか行かないのもわかってるから。

 

だから、こうしてトラックを越えて、新しい道に無理やりずらして、

ガタガタとデコボコ道を耕しながら進んでる感覚。

書いていることで、こっちの自分を強く感じていられる。

 

ずっと、大人になってからだけど

ぐりとぐらみたいに暮らしたいって思ってきた。

 

子どもの頃すごく好きだったとか、そういうはっきりしたものは

全然無くって、無いにも関わらず、刷り込まれてたみたいで。

 

しかも、何がいいとかわかんないの。

ほんと、佇まいとか、ただ絵本に「いる」感じとか。

 

きらきらもせず、かっこよくもなく、かわいくデフォルメもされていない。

素朴というには、すこしおしゃれで、それでいてシンプル。

だけど、その世界観はとてもナゾ。

 

私の中でのぐりとぐらはそういう絵本。

 

持ってたのは海坊主のお話だったと思うけど、内容は忘れてしまった。

多分、何度見てもストーリーはおぼえられない。

そこには勧善懲悪とか道徳的な何かとか、

冒険めいた勇気の大切さを伝えるとか、

そういう明白なものはなかった気がするから。

 

ただただ心はずんで、色んなことを感じて・・・

 

多分、いま私が書いていることで取り戻そうとしているのは、

そういう方の私なんだと思う。